神戸地方裁判所 平成9年(ワ)1845号 判決 1999年2月26日
原告
竹原こずえ
右訴訟代理人弁護士
伊丹浩
被告
上杉隆利
右訴訟代理人弁護士
道上明
同
伊藤信二
主文
一 被告は、原告に対し、四七三万五二九一円及びこれに対する平成八年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、一〇三九万九六四三円及びこれに対する平成八年二月二四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件事故発生及び原告の受傷
(一) 原告は、平成八年二月二四日午前一〇時三〇分ころ、木島平スキー場の「牧ノ入スノーパーク」(以下「本件スキー場」という。)の第七トリプルリフト終点から連絡通路を通って、山側に向かって左側のゲレンデ(以下「本件ゲレンデ」という。別紙図面1、2参照。)において、谷側に向かってプルークボーゲンで滑走中、スノーボードに乗って後方(上方)から滑走してきた被告に衝突された(以下「本件事故」という。)。
(二) 原告は、本件事故によって、左下腿骨骨折の傷害を受けた(以下「本件傷害」という。)。
2 原告の治療経緯
(一) 平成八年二月二四日から同年四月二〇日まで五七日間、飯山赤十字病院に入院。右病院において、骨折した左下腿骨を手術。
(二) 平成八年四月二二日から同年五月六日まで大阪日生病院(以下「日生病院」という。)通院。実通院日数二日。
(三) 平成八年五月七日から同年七月三一日まで八六日間、日生病院に入院。
(四) 平成八年八月一日から平成九年四月二五日まで、原告の勤務先の日本生命相互会社内に開設されている診療所に通院。実通院日数一〇日。
(五) 平成九年二月四日から同月一三日までの一〇日間、日生病院に入院。骨折した下腿骨を固定するために入れた金属の抜釘手術を行う。
3 被告の過失
(一) 当事者
原告は、昭和三八年七月二二日生まれの女性であり、本件事故が発生した平成八年二月二四日の時点でスキー場に行った経験が三回しかなく(通算日数で七日間)、緩斜面においてプルークボーゲンがかろうじてできる程度の全くのスキー初心者であった。
被告は、昭和四五年五月三〇日生まれの男性であり、国内で開催されたスノーボード競技会に出場歴がある準プロ級のスノーボード上級者である。
(二) 本件ゲレンデの状況
本件ゲレンデは、斜度一〇度程度の緩斜面の初心者用ゲレンデであり、ゲレンデの長さは約三〇〇メートル、幅約三〇メートルである。本件事故当時は、原告の前方(斜面の下方)約五〇メートル、左右(ゲレンデの両端まで)、後方(斜面の上方)約二〇メートルの範囲には、原・被告及び原告の夫竹原勇志(以下「勇志」という。)以外に滑走者はいなかったし、ゲレンデ全体でも滑走者はまばらであった。
(三) 本件事故態様
本件ゲレンデにおいて、まず原告がプルークボーゲンでゆっくりと滑走し、谷側へ向かって左側にターンし始め、ゆっくりと向きを変え始めたときに、その左後方から斜め右下の方向へ、被告がフリースタイル用スノーボードに乗って、猛スピードで滑走してきた。
被告は、原告から約一五メートル離れた地点で、自分の進行方向に原告がいることに気づき、やや左に進行方向を変え、原・被告間の距離が約七メートルになった地点で、再度原告を視認した。そして、原告が左方向に進んできているのを見て驚き、衝突を避けるために進路を変更しようとしたが、スピードを出しすぎていたため進路はほとんど変らなかった。
原・被告間の距離が約三メートルになった時点で、原告は左上方から被告が突っ込んでくるのに気づいて悲鳴を上げたが、被告は何らの衝突回避措置をとらないまま、衝突時の自己のダメージを少なくするため体を丸め、また体をねじって肩を前に突き出すような姿勢をとって、斜め後方から原告に衝突した(本件事故)。
(四) 被告の過失
被告は、約一五メートル離れた地点で原告を認識していたのであり、原告はプルークボーゲンで滑走しており、その服装の点などから、原告が初心者であることは明らかであった。したがって、スノーボードの上級者である被告は、早い段階で衝突回避動作にはいるべきであった。しかるに、被告は、前方を注視せず、猛スピードで初心者用ゲレンデを滑走し、本件事故を惹起したから、被告に過失があるのは明らかである。
4 原告の受けた損害
本件事故のため、原告は以下のとおりの損害を受けた。
(一) 積極損害
(1) 治療費 三九万四七四六円
(2) 付添看護費 二七万二八六〇円
飯山赤十字病院は、基準看護病院であったが、入院当時、スキーの怪我人があふれており、原告は病院から十分な看護が受けられなかった。そこで、やむなく勇志ら原告の親族が、身動きができない原告の付添看護をしなければならなかった。
右金額は、勇志分のみの損害であり、その内訳は、原告が飯山赤十字病院に入院していた当時の勇志の付添看護のための交通費合計二〇万五三六〇円、宿泊費合計三万六〇〇〇円及び雑費合計三万一五〇〇円である。
(3) 入院雑費 一九万八九〇〇円
一日一三〇〇円の割合で一五三日分
(4) その他雑費 二一万九四三〇円
(5) 通院交通費 四万二二四〇円
(二) 消極損害
(1) 休業損害 一七〇万一九九七円
(2) 後遺障害による逸失利益
四二五万五六四七円
本件事故による原告の労働能力喪失率は一〇パーセントを下回ることはない。よって、原告の後遺障害による逸失利益は、本件事故直前三か月間の平均月収一七万八〇五四円の一二か月分に、本件事故時点(三二才)から六七歳までの三五年間に対応する新ホフマン係数(19.9174)を乗じ、さらに一〇パーセントを乗じた四二五万五六四七円を下回ることはない。
(三) 慰謝料
(1) 入通院慰謝料 二五〇万円
原告は、合計一五三日間入院し、かつ、平成八年八月から平成九年四月までの間に一〇日間通院した。特に飯山赤十字病院においては、左足を固定するため入院当初から左足を天井からつり下げる処置がとられたため、平成八年三月七日から同月一三日まで一週間、肩を浮かせることすらできず、全く身動きすることができず、諸々の苦痛を被った。したがって、入通院の慰謝料としては右金額が相当である。
(2) 後遺症による慰謝料一六〇万円
原告の骨折した左下腿骨は変形治癒し、左膝下に四センチ大のはん痕が二か所残っているほか、左足に常時疼痛がある。現在、少し足を引きずりながら歩行することは可能であるが、痛みのために走ることはできない。また、階段の下りは左足に体重をかけないように注意しながら一段ずつ降りることしかできない。そして、原告が骨折した部位は、人体の中で最も肉付きが少ないむこうずねであり、そこが屈曲して癒着しているため、骨折部位がたんこぶ状になり、かなりの醜状を呈している。
原告の右後遺障害に対する慰謝料は、労働能力喪失率九パーセントが後遺障害等級一三級に該当することからみて、少なくとも後遺障害等級一三級の場合の慰謝料とされる一六〇万円(大阪地方裁判所、平成八年基準)を下回ることはない。
(四) 損益相殺
原告は、被告から右損害の賠償として一七三万一一七七円を受領した。
(五) 弁護士費用
九四万五〇〇〇円
5 よって、原告は、被告に対し、民法七〇九条に基づき、本件事故に起因する損害賠償として、一〇三九万九六四三円及びこれに対する不法行為日である平成八年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因事実1は認める。
2 同2は不知
3 同3(一)中、原告については不知。被告については、被告が昭和四五年生まれの男性であることは認めるが、その余は否認する。被告は、あくまで趣味としてスノーボードをしているのであり、準プロ級の上級者というわけではない。
同(二)は否認する。本件ゲレンデは、全体の斜度は一五度から二〇度くらいあり、またスノーボーダーが多いコースであり、少なくとも初心者が練習用に滑るコースではない。そして、本件事故当時、本件ゲレンデにおいて原告の他にも五名ないし一〇名くらいの人が滑走している状況であった。
同(三)中、本件事故前に原告がプルークボーゲンで滑走し、左側にターンしていたこと、被告が原告の上方からフリースタイル用スノーボードで滑走してきて原告に衝突したことは認めるが、その余は否認する。
同(四)中、被告に前方不注視の過失があったことは認めるが、その余は否認する。
4 同4について
(一) 同(一)について
(1)は不知。(2)ないし(5)は争う。
(二) 同(二)について
(1)は不知。(2)は争う。ただし、原告の左下腿部に疼痛が残存していることは認める。
(三) 同(三)は争う。
(四) 同(四)は認める。
(五) 同(五)は不知。
三 被告の主張
1 本件事故態様について
被告が、原告の存在に気づいたときの原・被告間の距離は、一五ないし二〇メートルであり、被告のスピードは、スキーで言えばパラレルよりも少し早い速度であった。その時、原告は右側に向かって滑走しており、そのまま右側に行ってしまうという感じであったため、被告は、進行方向をやや左方に変えそのままのスピードで滑走を続けた。その直後、アルペン用スノーボードよりフリースタイル用スノーボードの方が前方右側を見にくいこともあって、被告が、原告から視線をはずしたため、原告が被告の視界から消えてしまい、被告からは原告が全く見えない状態になった。
被告の視界にもう一度原告が入ったとき、原・被告間の距離は、すでに約三メートルであった。そのため、被告は、衝突を回避できなかったのであり、被告がスピードを出しすぎていたため回避できなかったのではない。
衝突時、被告はまっすぐ下を、原告は横を向いており、被告の右膝が原告の左横側に衝突した。原告は、衝突の瞬間まで、被告が滑走してくるのに気づいていない。
2 原告の後遺障害について
(一) 原告の受傷内容は、左脛骨骨幹部骨折と左はい骨骨幹部骨折である。このうち左脛骨骨幹部骨折については、症状固定時のレントゲン写真から、確かに軽度の横軽・屈曲変形の残存が認められる。しかし、その湾曲の程度は、わずか六度程度にとどまるから、これは長管骨の変形傷害に該当するほどのものではない。また、左脛骨は、骨折のため四ミリ程度延長されているが、短縮されてはいない。他方、左脛骨の遠位骨折部やはい骨骨折部については、全く変形は認められない。
また、原告の骨折部位は、いずれも膝関節や足関節から離れているため、骨折により膝や足関節の可動域制限が生じるということも考えられない。
したがって、原告の骨折部位の治療結果は良好であり、機能障害を内容とする後遺障害は存在しない。
仮に、左下腿部に多少の疼痛があるとしても、これが永久に残存するとはいえない。したがって、仮に原告の左下腿部痛が後遺障害等級表一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」にあたるとしても、労働能力喪失率は五パーセント程度であり、労働能力喪失期間は二、三年程度である。
(二) 手術創の皮膚はん痕についても、その大きさが掌大に達していないことからして、醜状障害に該当するものではない。
四 抗弁(過失相殺)
原告及び勇志には以下の過失があるから、少なくとも四割の過失相殺をすべきである。
1 本件ゲレンデは、スノーボーダーが多く、また斜度も一五度から二〇度あって、初心者が練習用に滑るコースではない。したがって、スキー経験のきわめて少ない原告がかかるコースを選択したこと自体に過失がある。
2 スノーボーダーの多い本件ゲレンデで滑走する以上、原告は、上方からの滑走者がいないことを確認すべきであったにもかかわらず、衝突直前まで被告の接近に気づかなかったのだから、原告には安全確認義務違反がある。
3 滑走中の原告には原告の上方の確認が困難であったとしても、原告の上方で停止中の勇志には上方の確認は容易であった。しかるに、勇志は原告の方をずっと見ていて、被告が滑走してきたことに気づかなかったのであるから、被害者側に過失がある。
4 原告は、本件事故の直前にかなり急角度で、左ターンをし、被告の進路に向かうように急に進行方向を変えている。その結果、被告は原告との衝突を避けられなかったのであり、原告は適切な進路をとる義務に違反している。
5 抗弁に対する原告の認否及び反論
(認否)
いずれも否認する。
(反論)
1 本件スキー場は、特にスノーボーダーが多いというわけではない。また、本件ゲレンデは、初心者用のゲレンデである。
2 スキーもスノーボードも上方から下方に向かって滑走するスポーツであり、前方すなわち斜面の下方向の状況を確認するのは容易であるのに対し、後方すなわち斜面の上方向の状況を確認するのは困難である。したがって、スキーやスノーボードにおいては、後方にいる滑走者が前方注視義務を負うべきであり、特にコースが混雑しているとか、コースが錯綜しているとかいった例外的な場合を除いて、前方にいる滑走者には後方の状況に関する注意義務はないというべきである。そして、本件ゲレンデは初心者用であるし、事故当時、コースが混雑していたというわけではない。また、原告と勇志は、原告が滑走を開始する前に、ゲレンデで誰も滑っておらず、上方から誰も滑ってこないことを確認している。したがって、原告及び原告側に安全確認義務違反はない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
第一 本件事故態様と原・被告の過失について
一 本件事故が発生し、原告が左下腿骨骨折の傷害を受けたこと、原告が本件ゲレンデをプルークボーゲンで滑走し、本件事故前に左側にターンしたこと、被告が原告の上方からフリースタイル用スノーボードで滑走してきて原告に衝突したことは当事者間に争いがない。
二 右争いのない事実及び証拠(甲一、三、一六ないし二〇、二一及び二二の各1ないし6、二三、二四の1・2、乙六五の1ないし19、証人竹原勇志、原告、被告)によれば、以下の事実を認めることができる。これに反する被告の供述部分は採用しない。
1 原告は、本件事故当時、三二才の女性であり、スキー場を訪れた回数は本件事故当時三回しかなく(通算日数七日間)、緩斜面においてプルークボーゲンができる程度のスキー初心者である。しかし、原告と同行していた夫である勇志は、二五年のスキー歴を有する上級者である。一方、被告は、本件事故当時、二五才の男性であり、五、六年前から一シーズンに三〇回くらいスノーボードをしてきたものであり、アマチュアのスノーボード大会の出場経験も数回あるものであって、スノーボードの上級者である。また、被告は、本件スキー場においても合計二〇回ほどスノーボードをしており、本件ゲレンデ付近の地形についても熟知していた。
2 本件ゲレンデは、平均すれば一〇度から一五度程度の斜度をもった緩斜面であり、その幅も約三〇メートルと広く、見通しもよい初心者用のコースである。本件事故当時は、小雪混じりの曇天であったが、視界は良好であり、本件ゲレンデ付近には、数名の者がいたが、原告が滑走していた付近には他の滑走者はいなかった。
3 原告と勇志は、平成八年二月二四日午前一〇時ころ、本件スキー場においてスキーを始め、午前一〇時三〇分ころ、リフト(第七トリプルリフト)から降車し、連結通路を通り、本件ゲレンデの入口(上部)に来た。勇志は、本件ゲレンデの上下方向を確認し、滑走者がいないことを確かめた上、自らは連結通路の出口付近(別紙図面2の地点)で見守り、原告を滑走させた。原告は、本件ゲレンデを、プルークボーゲンでゆっくり谷側に向かって滑走を始めた。
4 被告は、同日、早朝から本件スキー場においてスノーボードをしていたが、午前一〇時三〇分前ころ、第五ペアリフトを降車した地点から、友人五名と共に中級者用のゲレンデであるパラダイスフィールドを滑走し、滑走中に他の四名を一〇〇ないし一五〇メートル引き離し、本件ゲレンデ上方の急傾斜地点に差しかかった。
5 被告は、右急傾斜地点で加速したまま本件ゲレンデを滑降し、原告から約一五メートル離れた地点で、進行方向に原告がプルークボーゲンでゆっくり右方向に滑降していることに気づいた。このときの原告の位置は、別紙図面3の1、被告の位置は1であった。その時、原告は、プルークボーゲンで左と右に約三回ずつターンし約一〇メートル進んだところであり、その後ゆっくりと左ヘターンし始めた。
6 被告は、原告が右方に進行を続けるものと考え、自らの進行方向をやや左寄りにして、速度はほとんど緩めず、原告の動きを見ないまま、滑走を続け、次に原告に気づいたのは約七メートル離れた地点であった。このときの原告の位置は、2、被告の位置は2であった。被告は、原告が左方に進行しているのを見て驚き、進路を変更しようとしたが、高速で滑走していたため、進路を変更することができなかった。
7 原告は、被告が上方から滑走してくるのに気づかなかったが、原・被告間の距離が約三メートルになった時点で、初めて被告が直進してくるのに気づいた。しかし、原・被告は、衝突回避行動を取りえず、被告は、斜め後方から原告に衝突した。原告が、被告に気づいたときの原告の位置は、3、被告の位置は3であり、衝突した地点はであった。
三 原・被告の過失について
1 右認定事実によれば、被告は、中級者用のゲレンデをかなりの速度で滑降してきて、本件ゲレンデ上部の急斜面でさらに加速し、そのまま特に減速せずに初級者用ゲレンデである本件ゲレンデ内に突入したのである。そして、下方約一五メートルの地点で、プルークボーゲンでゆっくり右方に滑走している原告を認めたのであるから、原告の動きを注視しつつ、減速し或いは安全な方向に進路を変えるなど、原告への衝突を避ける措置をとるべきであった。しかるに、被告は、僅かに進行方向を左に変えただけで、減速せず、原告の動きを注視せずに滑降を続けたため、約七メートルの地点で、方向を変えて左方に進行している原告を再び認めた時には、自らの進行方向を変更することができず、そのまま原告に衝突したのである。そして、前記ゲレンデの状況によれば、被告が右衝突回避措置をとることに支障があったような事情を認めることはできない。したがって、右衝突回避措置をとらなかった被告には過失があるといわざるをえない。
2 これに対し、被告は、①原告が本件ゲレンデを練習場所として選択したこと、②原告及び勇志が周囲の安全確認を怠ったこと、③原告が急な進路変更をしたことに過失があると主張する。
しかし、本件ゲレンデが初心者用のゲレンデであることは前記のとおりであり、また、本件スキー場に比較的スノーボーダーが多いとしても、本件事故当時、特に混雑していたわけでもなく、原告が本件ゲレンデで滑走したこと自体が過失を構成することはあり得ない。また、原告及び勇志は、原告が滑走を始める前に、周囲の安全を確認したことは前記のとおりであるし、原告が予想することの困難な方向転換をしたと認めるに足る証拠はない。
したがって、被告の右主張はいずれも失当である。
なお、スキー場においては、上方から滑走する者に、前方を注視し、下方を滑走する者の動静に注意して、その者との接触・衝突を避けるべく速度及び進路を選択して滑走すべき注意義務があるというべきである。これに対し、下方を滑走する者は、コースが混雑し、見通しが悪いなどの特段の事情のない限り、後方を注意する義務は原則としてないというべきである。
よって、過失相殺の抗弁には理由がない。
第二 原告の損害について
一 原告の治療経緯
1 本件事故により、原告が左下腿骨骨折の傷害を受けたことについては、当事者間に争いがない。そして、証拠(甲二の1ないし3、四、五の1ないし3、六の1ないし5、八の1ないし4)によれば、原告が本件事故により請求原因2記載のとおりの入通院を余儀なくされたことを認めることができる。
2 証拠(甲一、乙三の1ないし8、二三、二六、二八ないし六四、原告、鑑定の結果)によれば、原告の現在の傷害治癒の状況は、以下のとおりであると認められる。
(一) 左下腿部の骨癒合は良好であり、下肢変形は認められない。
(二) 股関節、膝関節、足関節の可動領域に異常はなく、歩行パターンは正常である。
(三) 左脛骨骨幹部中央の骨折部位で約三ミリ延長され骨癒合が完成しているが、短縮は存在していない。右程度の脚長差であれば機能障害の原因となることは考えにくい。
(四) 頸骨近位部にごく軽度の隆起が認められる。また、左下腿近位部の術創は、手掌大に達せず、明確に視認できるものではない。
(五) 左下腿近位外側部に異常知覚と痛覚低下領域が認められる。
(六) 骨折による変形の程度は軽く、骨癒合も良好であることからすれば、原告に残存している左下腿部の疼痛は永続するものとは考えにくい。しかし、原告は、本件口頭弁論終結時(平成一〇年一月一三日)において、未だに常時の疼痛を訴え、長距離の歩行や階段の下りに困難を感じている。
二 損害額
1 積極損害
(一) 治療費 三九万四七四六円
証拠(甲四、五の1ないし3、六の1ないし5、八の1ないし4)によれば、本件傷害の治療費は、三九万四七四六円であると認められる。
(二) 付添看護費
二七万二八六〇円
証拠(甲一、三、四、一三の1・2、原告)によれば、原告が、飯山赤十字病院で入院中、勇志が原告の付添看護をせざるを得なかったこと、右付添看護のため、交通費二〇万五三六〇円、宿泊費三万六〇〇〇円、雑費三万一五〇〇円、合計二七万二八六〇円を要したことが認められる。
(三) 入院雑費一九万八九〇〇円
原告の入院日数は合計一五三日間であるところ、入院雑費は一日当たり一三〇〇円が相当である。
(四) その他の雑費
一五万九四七六円
証拠(甲四、七の1・2、一一の1・2、一二の1ないし5)によれば、原告は、通信費合計一万五〇二一円、短下肢装具代九万三二四〇円、雑費一二一五円を支出したことが認められる。また、医者、看護婦等への謝礼として一〇万九九五四円を支出したことが認められるところ、右謝礼のうち、五万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(五) 通院交通費四万二二四〇円
証拠(甲四、一〇の1・2)によれば、通院交通費は、四万二二四〇円と認められる。
2 消極損害
(一) 休業損害
一七〇万一九九七円
証拠(甲九の1ないし6及び弁論の全趣旨)によれば、原告は、本件傷害による休業のため、一七〇万一九九七円を支給されなかったものと認められる。
(二) 後遺傷害による逸失利益
四六万六二四九円
原告の傷害治癒の状況は前記のとおりであるところ、証拠(乙六四、鑑定の結果、原告)及び弁論の全趣旨によれば、原告に残存している疼痛は、後遺障害別等級表一四級一〇号の「局部に神経症状を残すもの」(労働能力喪失率五パーセント)に該当し、右障害は、抜釘時(平成九年二月)から五年間継続するものと考えるのが相当である。
そして、本件事故直前三か月間の原告の平均月収は一七万八〇五四円であり(甲九の1ないし6)、五年間に対応する新ホフマン係数は4.3643であるところ、原告の後遺障害による逸失利益は四六万六二四九円とするのが相当である(17万8054円×12×4.3643×0.05)。
なお、鑑定の結果中には、「せいぜい二年間で一〇パーセントの労働能力喪失である」との部分があるが、その根拠が不明であるから、これを直ちに採用することはできない。
(三) 慰謝料
(1) 入通院慰謝料 二五〇万円
前記のとおり、原告は、合計一五三日間入院し、また一〇日間以上にわたり通院したものである。
そして、証拠(甲一、原告)から窺われる入院状況に照らせば、入通院慰謝料は二五〇万円とするのが相当である。
(2) 後遺症による慰謝料 三〇万円
原告の後遺障害は、前記のとおり、後遺障害別等級表でいえば、一四級一〇号に該当すると考えられる。そして、前記のとおり、右後遺障害の継続期間が五年間と考えられることを併せ考慮すれば、後遺症による慰謝料としては三〇万円が相当である。
(四) 損益相殺
原告が、被告から右損害の賠償として一七三万一一七七円を受領したことについては当事者間に争いがない。
(五) 弁護士費用 四三万円
本件事件の弁護士費用としては、四三万円が相当である。
第三 結論
以上のとおり、原告の本訴請求は、被告に対し損害賠償として四七三万五二九一円及びこれに対する不法行為の日である平成八年二月二四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、仮執行宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官赤西芳文)
別紙<省略>